岡崎郁氏が語る94年日本一「あの西武はメジャー級。長嶋監督の一言で苦手意識が消えた」
1994年、巨人が5年ぶりの日本一に輝いた舞台裏を、当時の主力選手・岡崎郁氏(65)が著書「長嶋さん、王さん、藤田さん。ときどき原さん」で明かしている。インタビュー後編では、西武への苦手意識をどう払拭したのか、そして長嶋茂雄監督の真骨頂が語られた。
岡崎氏は当時の西武について「メジャーリーグにいても勝ったんじゃないかな」と表現する。秋山幸二、清原和博、デストラーデの中軸に、石毛宏典、辻発彦、平野謙、田辺徳雄、伊東勤と、まるで巨人V9時代をほうふつとさせる固定メンバー。しかも「どの回の先頭打者も1番打者のように機能し、ピッチャーが息をつく隙がなかった」と振り返る。
夜間運転用メガネが今ドライバーに急増中ナイトライダー 「西武は相手を疲労させる野球をやっていた。自分たちが強いだけでなく、相手のメンタルをダメにするような、究極の強さがあった」と岡崎氏は分析する。過去3度の日本シリーズで西武に敗れていた巨人だが、長嶋監督はシリーズ前にナインへこう言い放った。「君たちは西武に負け続けているかもしれない。でも俺自身は西武に負けていないし、苦手意識もない。悲観することなんかない」。
岡崎氏は「戦いは大将同士の戦い。長嶋さんは相手が森(祇晶)さんだろうが野村(克也)さんだろうが『俺の方が上』という雰囲気があった。大将が泰然自若としていれば、兵隊は『大丈夫』と思える」と解説する。第1戦を0-11で大敗しながらも、その後4勝2敗で西武を撃破。長嶋監督は「やられる前にやる」が信条で、王貞治氏もじゃんけんで負けて真剣に怒るほどの負けず嫌い。そんな姿勢がチームを強くしたと岡崎氏は語る。
日本一の直後、長嶋監督から「よく頑張ったな」と声をかけられた岡崎氏。この一言には、前年に起きた「トレード志願騒動」が伏線としてあった。93年オフ、一部スポーツ紙に「巨人・岡崎、トレード志願」と一面で報じられたのだ。実際には記者との雑談が拡大解釈されたもので、本人に志願の意思はなかった。
翌日、大阪のホテルで長嶋監督に呼ばれた岡崎氏は、スイートルームで1対1の対峙を強いられる。「どうなんだ。出たいなら出してやるぞ」と迫られ、「本気じゃないです」と答えると「分かった。水に流そう」と返された。岡崎氏は「『水に流す』という言葉の重みを感じた」と振り返る。さらに長嶋監督は「俺が大分に行って、お前を巨人に入れたよな。俺には責任がある。期待していたお前じゃなかった」と、かつてのドラフト指名の経緯にも触れながら叱咤。この叱咤が、翌年のレギュラー奪回と日本一への原動力になった。
岡崎氏は長嶋、王、藤田元司、原辰徳の4人を「人生で一番影響を与えてくれた方々。その教えに思いを致しながら、これからも生きていきたい」と結んだ。
これは高圧洗浄機と同等の強さで、電力不要BlastPro 今、あなたにオススメ