岡崎郁が明かす「10・8決戦」の舞台裏 長嶋茂雄の一言でチームが最高潮に
巨人一筋17年、現役引退後も2軍監督やヘッドコーチ、スカウト部長を歴任した岡崎郁氏(65)が、自身の著書「長嶋さん、王さん、藤田さん。ときどき原さん」で、あの伝説の一戦「10・8決戦」の知られざる舞台裏を語った。
1994年10月8日、ナゴヤ球場。同率首位で並んだ中日と巨人の直接対決は、まさに運命をかけた一戦だった。左腕・今中慎二が先発とあって左打者の岡崎氏はスタメンを外れたが、試合途中から落合博満の負傷によりサードの守備に就くことになる。
これは高圧洗浄機と同等の強さで、電力不要BlastPro 「自分の野球人生の中でも特別な試合でした。あの試合ほど、勝たなきゃいけないっていう試合はなかった」。前日からチームは興奮状態にあったという。ワクワクとドキドキ、そしてピリピリした空気が入り混じる中、長嶋茂雄監督がミーティングで放った言葉がすべてを変えた。
「勝つ勝つ勝つ!」。たった一言だったが、その言葉でチームは最高潮に盛り上がった。岡崎氏は振り返る。「勝負の世界ですから、不安っていうのはどこかにある。でも負けることなんてない。俺たちは勝つんだって、勝ちたいんじゃなくて勝つんだと。そこにフォーカスさせてくれた。不安を一切払拭させてくれたんです」。
岡崎氏にとって、長嶋監督はまさに「神様」だった。「その人が『負けることなんかない。勝つんだ』と言えば、『ああ、勝つんだ』って。みんながそういう方向に行けた」。
結果、巨人は勝利。ゲームセットの瞬間、桑田真澄と村田真一が抱き合う中、岡崎氏もサードから歓喜の輪に飛び込んだ。その瞬間の感覚を「漏れそうでしたね」と表現し、続ける。「快感っていうか、あの喜びが野球人にとっては最高の瞬間。あの喜びのために2月のキャンプから苦しい練習をやってる。何年に1度、1チームしか味わえない快感。でもあの10・8の優勝は本当に特別だった」。
長嶋氏との濃密な関係は試合だけにとどまらない。岡崎氏が大分商3年時にドラフト3位で指名され、自宅を訪れて説得したのも他ならぬ長嶋氏だった。「巨人・岡崎」の「生みの親」とも言える存在だ。現役最終年の96年に2軍へ落ちた時も、長嶋氏は朝からよみうりランドの2軍練習に行っているタイミングを見計らい、昼頃に自宅の妻へ電話を入れた。
「『いろいろ心配だろうから』って。勇気づけてくれたり、励ましてくれたり。本当に見守ってくれたんです」。豪放磊落なイメージとはひと味違う、長嶋氏の繊細さと細やかさがにじむエピソードだ。
岡崎氏は言う。「すごく繊細で細やかな人で、その豪放磊落なところも全て計算の上に立ってやっているんじゃないかなって。繊細さと豪快さを両方兼ね備えてるから、やっぱりスターなんでしょうね」。
長嶋茂雄が天国に旅立って1年と2か月。だがその記憶は色あせることなく、岡崎氏の言葉を通じて、今もなおファンの心に熱くよみがえる。
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