寿美花代さん94歳で逝く…宝塚トップスターから高島ファミリーの母へ
元宝塚歌劇団星組男役トップスターで、俳優・高島忠夫さんの妻としても知られた寿美花代(すみ・はなよ)さんが、8月3日午前4時43分に老衰のため亡くなった。94歳だった。所属事務所の東宝芸能が6日に発表した。この日、家族のみで密葬を執り行い、お別れ会などの開催予定はないという。
寿美さんは晩年、施設や病院で過ごしていた。長男で俳優の髙嶋政宏によると「ここ数年は誤嚥性肺炎で入退院を繰り返していた」という。次男で俳優の髙嶋政伸は「父と共に大好きだったフリオの歌声のなか、母は子供と孫に囲まれながら、最期まで美しく凛とした表情のまま、眠るように旅立ちました」と、最期の様子を語った。
これは高圧洗浄機と同等の強さで、電力不要BlastPro 兵庫・西宮出身の寿美さんは1948年に宝塚歌劇団に入団。星組の男役トップスターとして輝きを放ち、代表作「華麗なる千拍手」で1960年に芸術祭賞を受賞。映画「新源氏物語」などでも活躍したが、「初恋の人だった」という高島忠夫さんと結婚するため、63年に退団した。
出会いのきっかけはテレビ番組での共演。「今日は何時間眠れるかな」と睡眠時間を数える高島さんの姿に「きっちりした人」とひと目ぼれ。人気絶頂期だったが「あの人を絶対に私のものにしたい」と猛アタックを仕掛け、振り向かせたというエピソードは今も語り継がれている。
芸能界きってのおしどり夫婦として知られ、2人で司会を務めた日本テレビ系「ごちそうさま」は1971年1月から1996年3月まで25年間続く長寿番組に。晩年は、1998年に重度のうつ病を発症した高島さんを献身的に支え続けた。糖尿病やパーキンソン病、不整脈などとの闘いを傍らで支え、2013年1月の本紙インタビューでは「介護で大事なのは、全て完璧にやろうと思わないこと」「忠夫は私のことを本当に姫のごとく優しく優しくしてくれた人やから。その恩返し」と心境を告白。介護うつも経験したが「私にいっぱい幸せをくれた。看病は苦でない」と語っていた。
2013年6月には夫婦に密着したドキュメンタリー番組が放送され、日常生活もままならない高島さんを支える壮絶な介護シーンが大きな反響を呼んだ。80歳を過ぎてからはテレビ出演も減り、2016年5月3日のテレビ朝日系「徹子の部屋」が最後のテレビ出演となった。
2019年6月に夫・高島忠夫さん(享年88)を亡くしてからも、家族に見守られながら静かに人生を全うした寿美さん。宝塚のトップスターとして、そして“高島ファミリー”の母として、多くの人々の心に残る生涯を閉じた。
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